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大好きでたまらなかった人がオーストラリアへ仕事で行ってしまった。
見送りにいっていた私は周りに友達や家族がいることも忘れて号泣してしまった。
後日彼のお母様より電話があり、食事でも…とのこと。空港での私の姿をみて気になっていろんな人に聞いて私の電話番号を調べてかけてきてくれたとのこと。その優しさに涙があふれました。
彼と結ばれることはなかったけれど、お母様のことを思い出すと今でも涙が出ます。
高校三年間同じクラスだった友達が結婚した時に不覚にも泣いてしまいました。
丁度私の誕生日の前後だったのもあり、なんと彼女がサプライズでケーキを用意してくれ会場にいたみなさんがお祝いしてくれたのです☆
突然の指名に驚きと、うれしさと・・・一生忘れる事が出来ない誕生日になりました。

73歳でガンの宣告を受けた父。つらい抗がん剤治療や放射線治療により、頭髪やまゆげ等もなくなり、以前の面影がまったく無くなり、合わせて強い痛みどめの薬の副作用により、少々ボケたような行動、言動が目立つようになった。以前は頑固で仕事一筋の父も、今は担当の看護師にボケ老人扱いされる始末。看護師に対する怒りとともに、父のあまりにも不憫な姿に、病院から帰る車の中で溢れ出る涙を止めることができませんでした。
1年間のカナダ留学を終え帰国の際、当時つきあっていた彼と、友達が見送りに来てくれました。
別れのときには絶対泣くまい!笑顔で別れようと決心しました。実際、まだ実感が沸いておらず、また会おうねと約束して笑ってお別れができたのですが、飛行機が離陸し、だんだん遠くなっていく陸をみながら、さまざまなカナダでの思い出がわきあがりとめどなく涙があふれてきました。普段めったに泣くことがないので自分でもびっくりしましたが、またいつかカナダに帰ってこようと決心した瞬間でもありました。
僕は小学3年生の頃、少し冷めた子供だった。授業中私語がうるさい女子を疎んだり、先生と友達のように接するクラスメート・生徒と無邪気に遊ぶ先生を馬鹿にしていたところがある。全く自慢にならないが、テストでは常に百点を取るような人間だった。その頃、父が東京に単身赴任をすることになった。半年間、それも大して離れた距離でもないので気にもしていなかったのだが父が家を出る前夜、僕に手紙を渡した。僕はそれをベットの上で横になりながら読んだ。「母さんを頼んだぞ」一言だけだった。僕はそれを見て泣いてしまった。自分を信頼してくれて任されたはずなのに、なぜだか無性にさみしくなったのだ。父の死を、いずれ訪れる両親の死を連想してしまったのかもしれない。号泣だった。嗚咽を洩らしわんわん泣いた。世界に一人取り残された気がして怖かった。自分がいかに弱いか、小さいかを子供ながらにしらされた。その夜は日付けが変わるまで泣いていた。それから半年後、父は何もなかったように帰ってきた。あの時の手紙は机の中にしまってある。
今まで生きてきて、初めて本気で人を好きになりました。でもその人には当時彼女がいました。わかっていてもその人を知ればしるほど好きになっていきました。その人も少しずつ私を好きになってくれていました。
どうしようもないくらいすきでした。
一日中メールをして、毎晩電話で話しました。
ある日その人は彼女と別れました。
その人は元々まじめで一途な人だったので別れたと聞いても複雑な気持ちでしたが、やっぱり大好きでうれしいとも思っていました。
でもすぐによりを戻しました。やっぱりまだ彼女のことが好きだったみたいです。
予想できたはずなのに、好きすぎて目の前だけでいっぱいいっぱいでした。
すごく幸せな気持ちから一気に不幸になりました。
本当に悲しくて泣き崩れてしまいました。はたから見たら滑稽だったでしょうが、それでも本当に、自分でも他人を想ってこんなに悲しい気持ちなれるのだと初めて知りました。













