おすすめの泣いた体験談
おすすめの泣いた体験談を新着順にすべて表示しています。

娘がいつも幼稚園であった出来事をお話してくれます。
その日は大好きなお友だちと上手に遊べなかったらしく話しながら泣き出しました。
まだ年少さんだけれど一生懸命毎日過ごしているのが毎日の話でよくわかりその日は本当に悲しさが伝わってきて私も一緒に泣いてしまいました。
この泣いた体験談のURL コメント(0)

いつからか、自分の誕生日はケーキぐらいしか誕生日らしいものはありませんでした。家の金銭面の状況を子供ながらに考え、あまりプレゼントをねだったこともありません。しかし、私が大学になってから、思いも寄らないサプライズがありました。沖縄出身の私が大学進学のために県外で一人暮らしをして初めての誕生日、実家から荷物が届きました。開けてみると、私のイニシャルのプラチナのネックレスと手紙が。手紙には、こう書いてありました。"今まで誕生日にちゃんとしたお祝いしてあげられなくてごめんね。何か形に残したいと思っていて、今年やっと実現しました。体に気をつけて頑張ってね。誕生日おめでとう!"と。私は号泣でした。親の偉大さ、有り難みに触れられた忘れられない思い出です。
この泣いた体験談のURL コメント(0)

生まれつき心臓に疾患がある息子。
歯の治療の際、予防的な措置をしないといけないので近所の歯科開業医に診てもらえるか聞いたら
「うちでは診れないから、よそへ行け」
って言われて…
それを心臓のかかりつけの大きな病院の小児科医に言ったら、そこの口腔外科の先生に聞いてみるといいよって。
経緯を話したら
「そんなことで拒否されたのか!うちは子供用の器具はないけど私がいつでも診てあげるから電話してきなさい」って。
大きな病院の口腔外科なので来る患者はそれなりに病があるのだろうし先生も一人で診てるのに、親の心情をわかってもらえて待合室で泣いてしまいました。
この泣いた体験談のURL コメント(0)

私が妊娠していたときの話です。妊娠半年のときに
切迫早産との診断で入院することになりました。切迫早産とは、予定日前に赤ちゃんが産まれてしまう病気です。
予防の薬を点滴で注入してたのですが、私の身体に合わなかったらしく寝たきりになるほどの酷い症状になりました。
そうまでしてもお腹の張り(産まれそうになると張ります)が収まらず、人に投与する限界の量になりました。
私は薬の副作用で声も出すのがつらいくらいになり、目もあけれず動けませんでした。
そんな変わり果てた姿をみて夫はただただ、何も出来なくてごめんと泣いていました。
その後、これ以上は危険ということで産まれるのを承知で薬の投与を止めました。結果、息子は無事、出産予定日まで持ち安産で産まれました。
いまでもあのときの事を夫が日記に書いているのを見ると泣けてきます。
本当、無事産まれてきてありがとう。心からそう思います。
この泣いた体験談のURL コメント(0)

3年付き合った彼と別れました。
お互い好きだったのに、マンネリから、うまくいかなくなってしまったのです。
それから3か月、さみしさをうめるように、友達と遊んだり合コンに行ったりしましたが、一人になると「何をしているんだろう」とかなしくなるばかり。
そんな時、ポストにチラシと手紙が。郵便ではなく、直接投函されていました。
中には別れた彼の字で「君の好きそうな展示会を見つけたよ。これだけはどうしても知らせたかったので。」と。
こんなに自分のことを理解してくれている大切な人だったのだと、涙が止まりませんでした。
この泣いた体験談のURL コメント(0)

私は、父と二人で暮らしています。母は私が二歳の時、病気で亡くなりました。それからは、父が一人で私を育ててくれました。そんな父に私はいつも迷惑をかけたり、たまにキツイ言葉を言ったりもしました。厳格な父親だったので、正直うざったいと思うこともありました。だけど、私が高校の卒業を迎える前日、就職することが決まっていた私に働くことの厳しさを口が酸っぱくなるほど語っていましたが、父に反抗していた私はまた、ひどい言葉を言ってしまいました。そのまま卒業式を迎えて家に帰ると、父が母の仏壇の前で泣いていました。父は「無事に卒業できたよ。仕事ちゃんと出来るか心配だけど、あいつのこと見守っててやってくれな。」と。初めて見る父の涙と、父の私を思う言葉にいつの間にか私も泣いていました。いま思えば、私はまだまだ子供で父の厳しさの意味を理解できないでいました。だけど、二十歳を越えて社会で働く今、少しだけ父の厳しさを理解できた気がします。いまだに、口ゲンカしちゃう時もあるけど、ありがとうの気持ちはちゃんと伝えるようにしています。
この泣いた体験談のURL コメント(0)

結婚前に好きな人がいた。
その人は私の勤める会社のトップだった。
私とその人は内緒でよく会った。
最初は遊びだったけどだんだん好きになった。
もう付き合おうよって言ったけど、会社がどうこう言われて、付き合うのは違うと言われ、その人の本音は聞けないまま関係を終わらせた。
少し経って彼氏ができて彼を愛したけど会社にいるうちはどうしても忘れられなかった。
会社を辞めて、愛した彼と結婚した。
その直後同じ会社に勤める姉から、あの人が言ってた言葉を聞いて泣いた。
「さやの旦那俺だよ、おれおれ。俺が一番さやのこと好きだもん」
私には愛している人がいて、幸せだけど
報われなかった過去の恋があったこと、お互い同じ気持ちだったのに形に出来なかった未完成な物語。
なんで、なんで今さら。今頃。
それでも私を好きでいてくれた幸福感で泣いた。
形には出来なかったけど、結婚前に思い出に残る、一生忘れられないような切ない傷を作れてよかった。
痛みと一緒に過去に帰れるから。
その人はつい最近婚約したらしい。
みんなが幸せになれて、よかった。
この泣いた体験談のURL コメント(0)

結婚して15年になります。
17歳のときに結婚したせいか、門限も厳しく、異性とのアドレス交換も禁止という雰囲気で、それが当たり前に過ごしてきました。お互い様なら・・と
そして15年の中には、旦那の浮気、病気、退職などもあり 私なりにいろいろ我慢してきたつもり・・・
なのに、昨年仕事もやめ、次の仕事も半年決まらず、その中コミニュケーションといいながら、異性とのアドレス交換、三週連続の飲み会、さらに羽目をはずすようなコメント、一方私は、パート、家の家事、子育て(3人)、家計のやりくり、ストレスもたまりブツブツ文句を言い始めたところ、「うっとうしい」の一言。
今でも忘れませんが、今まで何を頑張ってきたのかわからなくなりポロポロ涙が・・・。
でも子供の前では、あまり泣けません。
だから、車の中でガンガン曲をかけながら、泣き叫びました。
今でも思い出すと寂しい気持ちになります。
この泣いた体験談のURL コメント(1)

1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20












