おすすめの泣いた体験談
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大好きでたまらなかった人がオーストラリアへ仕事で行ってしまった。
見送りにいっていた私は周りに友達や家族がいることも忘れて号泣してしまった。
後日彼のお母様より電話があり、食事でも…とのこと。空港での私の姿をみて気になっていろんな人に聞いて私の電話番号を調べてかけてきてくれたとのこと。その優しさに涙があふれました。
彼と結ばれることはなかったけれど、お母様のことを思い出すと今でも涙が出ます。
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73歳でガンの宣告を受けた父。つらい抗がん剤治療や放射線治療により、頭髪やまゆげ等もなくなり、以前の面影がまったく無くなり、合わせて強い痛みどめの薬の副作用により、少々ボケたような行動、言動が目立つようになった。以前は頑固で仕事一筋の父も、今は担当の看護師にボケ老人扱いされる始末。看護師に対する怒りとともに、父のあまりにも不憫な姿に、病院から帰る車の中で溢れ出る涙を止めることができませんでした。
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僕は小学3年生の頃、少し冷めた子供だった。授業中私語がうるさい女子を疎んだり、先生と友達のように接するクラスメート・生徒と無邪気に遊ぶ先生を馬鹿にしていたところがある。全く自慢にならないが、テストでは常に百点を取るような人間だった。その頃、父が東京に単身赴任をすることになった。半年間、それも大して離れた距離でもないので気にもしていなかったのだが父が家を出る前夜、僕に手紙を渡した。僕はそれをベットの上で横になりながら読んだ。「母さんを頼んだぞ」一言だけだった。僕はそれを見て泣いてしまった。自分を信頼してくれて任されたはずなのに、なぜだか無性にさみしくなったのだ。父の死を、いずれ訪れる両親の死を連想してしまったのかもしれない。号泣だった。嗚咽を洩らしわんわん泣いた。世界に一人取り残された気がして怖かった。自分がいかに弱いか、小さいかを子供ながらにしらされた。その夜は日付けが変わるまで泣いていた。それから半年後、父は何もなかったように帰ってきた。あの時の手紙は机の中にしまってある。
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今まで生きてきて、初めて本気で人を好きになりました。でもその人には当時彼女がいました。わかっていてもその人を知ればしるほど好きになっていきました。その人も少しずつ私を好きになってくれていました。
どうしようもないくらいすきでした。
一日中メールをして、毎晩電話で話しました。
ある日その人は彼女と別れました。
その人は元々まじめで一途な人だったので別れたと聞いても複雑な気持ちでしたが、やっぱり大好きでうれしいとも思っていました。
でもすぐによりを戻しました。やっぱりまだ彼女のことが好きだったみたいです。
予想できたはずなのに、好きすぎて目の前だけでいっぱいいっぱいでした。
すごく幸せな気持ちから一気に不幸になりました。
本当に悲しくて泣き崩れてしまいました。はたから見たら滑稽だったでしょうが、それでも本当に、自分でも他人を想ってこんなに悲しい気持ちなれるのだと初めて知りました。
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私は泣くのがカッコ悪いと思っているような人間だった。泣きたいときでも堪えたし、みんなで感動するということがなかった。
そんな私が初めてイギリスに留学した際、初めての経験をした。
たった3週間だけのホームステイだったのに、別れ際、ホストマザーに抱かれて自然と涙が浮かんで来た。ボロボロ落ちた。
結局そこから空港まで泣きっぱなし…
飛行機内も、関係ない映画を見ながら彼等を思い出してずっと泣いていました。
日本では考えられないことなので、余計に私がこのことにびっくりしました…
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私が小学生の頃のお話です。
ひぃおばあちゃんが亡くなって、いつも可愛がってもらっていたせいかなかなか現実味がわきませんでした。
ひぃおばあちゃんなので90歳は超えていて、十分長生きしてくれたと思います。
お葬式の時もどうしても周りの反応についていけず、一人でずっと親戚の手伝いをしていました。
何時間後かに霊柩車で火葬場にいくとき、さっきまではしゃいでいた
3歳児の従妹が急に血相を変えて
「おばぁちゃん?おばぁちゃん!!」
って言って大泣きし出すんです。
さっきまではしゃいでいたのに。
たった3歳児でも大切なひぃおばあちゃん。
霊柩車で送られていく時になにか感じたんでしょうね。
従妹が泣きわめいてるのを見て急に現実味がわいてきて
私も従妹にもらい泣きのような形で
泣きました。
いつか尽きてしまう命。
90年も頑張ってくれたおばぁちゃん。
私も誰かに泣いて見送ってもらえるような人生を送っていきたいです。
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20歳の誕生日。私は仕事で自宅がある奈良から離れた東京にいました。電話やメールで誕生日を祝ってはくれるものの、やはり寂しい思いでいっぱいでした。仕事が片付き帰れる頃にはもうすっかり日は暮れ誕生日も終わりに近付いていました。やっと自宅に着くとポストに紙袋が入っていました。開けてみると中には小さなクッキーと手紙がありました。差出人は実家のネコの名前が。手紙は三枚ありそれぞれ母、父、妹が書いたものでした。母の手紙には私の家の近くにあるカフェのクッキーを入れておいた、と書かれており、まさかと思って封筒や紙袋を見ました。どこにも切手は貼られておらず、つまり母達はわざわざ実家の山口から私の家まで今日この日の為に来てくれていたのでした。仕事で疲れていた私はその優しさに思わず泣いてしまいました。家族が祝ってくれた20歳の誕生日。ありがとう、50歳、52歳、13歳の誕生日私に祝わせてね。
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元カレに親を使った酷い別れ方をされ、精神が病んだ私が強制的に帰らされた実家は家計が火の車。病気を抱えたまま仕事に出た事でさらに悪化し、私は極度の人間不振に陥った。会話が出来ない、姿に怯える、震える、感情のコントロールが出来ない。そんな私に「頑張らなくていい」そう言ってくれた人がいた。「感謝を忘れない事」そう言ってくれた人もいた。一人じゃないと、改めて思えた瞬間泣いた。泣き疲れて、どんなに苦しくても悲しくても泣けなかった私が。嬉しくて泣けたのが、嬉しいという感情を思い出させてくれた人達に「ありがとう」。涙を流させてくれて「ありがとう」。涙を流すのは必ずしも辛くて苦しい時だけじゃない。教えて貰えた瞬間だった。
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