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10年前に亡くなったおばあちゃんですが 生前いつものように肩たたきをしてあげていたら 「今度生まれてくるなら 鳥がいいなあ」とポツリといった 大変な時代を生きてきたからもう人間はいやなのかなあ と思ったら涙が出てきた
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私は2年前の春4月頃体調が悪くなり救急車で病院に運ばれた…元々心臓に持病があり定期的に通院はしてたがこんなに長い入院生活になったのは初めてだった。初めの2ヶ月はほとんど眠った状態が続き悪い夢をさまよっている感じで現実の記憶がほとんどなかった。少しずつ意識がはっきりしてきて身体の自由が聞かなかったまず利き腕が機能しなくて字を書くことも箸を持つことも出来なかった。辛い治療やリハビリが長く続く毎日で気が付くと冬を迎え年が明けたそして少しずつ歩く練習を初めてた初めは立つのも大変だったが少しまた少しと歩けるようになった!そして7月になりとうとう退院できるようになった。退院した夜母がご馳走を作り父も姉も笑顔で迎えてくれた…久し振りに家族がみんな揃っての夕食
それがとても嬉しくて涙が止まらなかった。普段辺り前だと思っている事がこんなに幸せな事なんだと私は思った。
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私が福島で住んでいた4歳の時から一緒の雑種犬の太郎。
隣の農家から頂いた。
ふさふさの毛がライオンみたいで、頭が良く、優しく穏やかで
でも蛇が出たら向かって行く勇敢な太郎。
あれは太郎が6才。私が10才の夏。
珍しく、両親と妹と家族全員で太郎の散歩に出かけた。
そして帰宅してしばらくすると、太郎が血を吐いた。
慌てて獣医に電話。
注射を打つも太郎はみるみる弱って死んでしまった。
今は予防などあるが、その頃は初めて聞いた名前
蚊から媒介する病気、フィラリアだった。
悲しくて悲しくて悲しくて。
もちろん泣いて泣いて泣きまくった。
その後、太郎のことを作文に書いた。
先生に褒められ、みんなの前で読む事になった。
読んでいるとその時の辛い状況が蘇って
涙を堪えながら読んだ。
小学校の校舎で泣いたのはあとにも先にもこの事だけだった。
今でもそのときのことを思い出すと泣ける。
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娘がいつも幼稚園であった出来事をお話してくれます。
その日は大好きなお友だちと上手に遊べなかったらしく話しながら泣き出しました。
まだ年少さんだけれど一生懸命毎日過ごしているのが毎日の話でよくわかりその日は本当に悲しさが伝わってきて私も一緒に泣いてしまいました。
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受験勉強をして、やっと入った大学を次男が「やめたい」と言ってきた。
高校卒業するまで、一度も学校を休んだことなかった次男。
学校が大好き、友達が大好きといった子だった。
大学に入って自分の思い描いていた大学生活とは全く違ったようだった。それでも何とか行っていたが、違和感を感じ始めて
彼の顔から笑顔が消えた。
そのことは家族も気づいていた。
勉強したくないわけではない、ただ勉強したいことが違っただけなら「お母さんももう少し頑張るから、もう一度受験しなおしてみたら?」と勧めたが首を縦に振らない。
親に悪いという気持ち・不安感から軽いうつ病を発していたようだ。
子供に中退するよと言われて、喜ぶ親はいない。
でも追いつめて、健康面で不安を覚えるのはもっとつらい。
家族で何度も話し合い、まず休学を決めた。
しばらくは、気持ちを休め、整理してほしいと思った。
休学してから1か月。朝から晩までのアルバイトをし始めた。
もともと休んだりしない子だったので、おじさん・おばさんばかりのバイト先だったが、まじめに通い始めてさらに1か月がたったころ、フルタイムで仕事をしている私に、「今日、夕飯作っておくよ」とメールがきた。思えば悩み始めてから彼からメールをもらったこともなかったし、私たち親を避けていたので
私はほっとしてしまった。
まだ先のことが決まったわけではないが、心も体も健康ならばなんとかなる!そう思った瞬間、泣くことのなかった私も安堵から泣いてしまった。
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いつからか、自分の誕生日はケーキぐらいしか誕生日らしいものはありませんでした。家の金銭面の状況を子供ながらに考え、あまりプレゼントをねだったこともありません。しかし、私が大学になってから、思いも寄らないサプライズがありました。沖縄出身の私が大学進学のために県外で一人暮らしをして初めての誕生日、実家から荷物が届きました。開けてみると、私のイニシャルのプラチナのネックレスと手紙が。手紙には、こう書いてありました。"今まで誕生日にちゃんとしたお祝いしてあげられなくてごめんね。何か形に残したいと思っていて、今年やっと実現しました。体に気をつけて頑張ってね。誕生日おめでとう!"と。私は号泣でした。親の偉大さ、有り難みに触れられた忘れられない思い出です。
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私が難産で緊急帝王切開により長男を出産した時、病院に駆けつくなり産まれたての小さな息子を両手で大事そうに抱き上げ、「よかった…よかった…」と言いながらポロポロ涙をこぼしていた。父の涙を見たのはそれが始めてだった。その大きな背中を見て私は涙が溢れてきた。私が中学生の時から男手一つで育ててくれた父に、少しは親孝行できたかな。
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