私の泣いた体験談

母子手帳 
女性/29歳/まめこ
その時私は泣いた.com

私は小学校3年生の時に母を亡くしています。その後3年間父子家庭で私が中1の時に父は再婚しました。新しい母とはうまくやっていたんですが、私が結婚した途端、関係はよくなくなってしまいました。
私は子宝に恵まれ出産、男の子の子育てがスタート。
子供が出生体重は普通だったのですが成長が緩やかで母乳もよく飲むのに体が小さめ。成長曲線の下線を辿る、もしくは外れる、と言った感じで市の検診でもひっかかりよく再検診になっていました。悩んで悩んで、なんで大きくならないのだろう?こんなによく飲むのに、離乳食も食べるのにどうして?と不安でいっぱいになっていました。
周りの同じくらおの月齢の赤ちゃんを見る度にうちの方が小さい、うちの子は小さい、と気にしていました。たまに顔を合わせた再婚の母にもそのことを指摘され、悩んでいることを告げると、「まぁそんなもんだよ〜」と相手にされずで。父には聞いてももともと育児に積極的な方ではなく、覚えていないそうです。

私自身もともと体が小さく、成長も遅めだったと自分では記憶しているので私の遺伝子かな、と思うようにしていました。
そして2歳になり、ようやく成長曲線の中にも入るようになり、決して大きい方ではないけど元気に成長している我が子をありのまま受け入れ、周りと比べたりすることもなくなってきた頃。
父が「大掃除ででてきたわ」と母子手帳をくれました。
母が亡くなって、父が再婚して、亡くなった母の話をすること、母が生きていた頃の話をすることでさえも気を遣い、できていなかったので母子手帳は見ることがなく…初めて手に取るものでした。
母の字で名前が書いてあり、それを開くと体重経過や私が逆子だったこと、離乳食をなかなか食べてくれない、熱が出た、熱がなかなか下がらず座薬を入れた…心配。と、母の思っていたこと、そして私のことを一生懸命育ててくれていたことが手に取るように伝わり、気がつけば涙が込み上げてきました。
そして成長曲線のページを見ると。
成長曲線の下線を辿り…2歳頃からようやけ入るようになり、右下の方に検診後急いだのかな、私が泣いて抱っこをせがんだりしたのかな、わからないけど走り書きで「大きくなってきてくれて、一安心」と書いてありました。
その成長曲線が息子とほぼ同じだったこと、走り書きの一言にどれだけの安堵の意味があったかということ。
理解できすぎるほど痛いほどにわかり、涙が止まらなくなっていました。

母がもし生きていれば、私の悩みにも「大丈夫だよ、貴方がそうだったんだから」と励ましてくれていたのかな?と思ったり。
ただ私ももう悩みも解決してママと同じように一安心したところだよ。と心の中で唱えたり。

しばらく母子手帳を抱きしめたまま何もできないでいました。
母が私を一生懸命育ててくれたこと、そして私もそんな母のように一生懸命子育てをできていること、生きていること、一生懸命母の分まで生きていること、全てを明日への活力にして頑張りたいなと思いました。



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